Section 11.2 Temperature Measurement Using Thermistors (pp.428-431)非公式訳

11.2 サーミスタを使った温度測定

電子温度センサーには、白金抵抗温度計、熱電対、半導体バイス(例: Analog Devices AD590)などたくさんの種類があります。そのなかでサーミスタが使われるのは、高い感度、小ささ、耐久性、応答の速さ、コストの低さが要求される用途です。サーミスタは、しかるべき補助回路と組み合わせれば相当に広い範囲(約100℃)にわたって0.01℃の確度で温度が測定できます。感度が高いことの唯一の代償として抵抗値と温度とが非線形の関係にあります。昔は、この非線形性は明らかな欠点であり、抵抗を利用した線形化回路網を使うかBeta公式(下記参照)のように確度に難のある抵抗温度変換法を使うかしなければなりませんでした。幸いマイクロプロセッサの普及したおかげで、確度の高い(そしてやや複雑な)温度較正モデルが利用できるようになり、その結果、正確な温度測定にサーミスタがずいぶん簡単に使えるようになりました。

ほとんどのサーミスタは、その活性層が半導体金属酸化物合金で出来ています。温度が上がると、半導体の特性がそうであるようにサーミスタも、活性層の内部でゆるく束縛されていた電子(価電子)が、それぞれの束縛箇所から熱によって解放されて伝導電子に変わります。サーミスタは、このしくみによって温度が上がれば抵抗が小さくなるため、温度センサーとして利用できます。電子の束縛された状態は比較的エネルギーが低いため、活性化エネルギー障壁Eによって伝導状態と絶縁状態とが分かれます。したがって温度T (絶対温度)が与えられれば、そのときの活性化の確率、ひいては伝導電子nの密度は、ボルツマン因子に比例することが予測されます。これは下式で表現されます。

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n0は超高温時の伝導電子の密度です。kボルツマン定数です。下式に示す抵抗率ρがこの伝導電子によってサーミスタに与えられることは容易にわかります。

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emはそれぞれ電子1個の電荷と質量です。散乱時間τは、1個の伝導電子が移動を始めてから格子振動や不純物、あるいはそれぞれの素材特有の散乱機構のいずれかによって散乱するまでの平均時間です。

したがってemτが温度と無関係であると假定すれば、ρの温度依存性は、nに関係するボルツマン因子によってのみ決まると予測されます。式[11.1]を式[11.2]に代入することで、下のようになると予測されます。

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ρ0は、温度に依存しない定数であり、下式で示されます。
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或る試料の抵抗値Rは、全体としてみれば下式によって決まります。

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LAはそれぞれその試料の長さと断面積です。

固体の試料は、温度で幾何学的形状がほとんど変化しないため、Rの温度依存性は、下式に示すようにρの温度依存性によく似ます。

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R0は、温度に依存しない(と假定される)定数です。

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こうしたすべての考えが正しいとすれば、サーミスタの抵抗値の温度依存性は式[11.6]で表現されるはずだと予測されます。両辺の対数をとれば、この関係は下の線形関係に書き換えることができます。

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または

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ABはそれぞれA-k ln R0/EBk/Eであるものと定義される定数です。式[11.9]がいわゆる「Beta公式(Betaはβと表記されることがある)」です。1/Tをy軸に、ln Rをx軸にとってサーミスタの温度依存性抵抗データをプロットすると直線が引かれ、その直線のy切片と傾きがそれぞれABに等しいことがこの式から予測されます。
サーミスタの実際のRTデータは、こうした予測に反し、1/T対ln Rをプロットしたときに若干の非線形性を示すことが実験的にわかっています。傾きBは、一定ではなく、温度の低下につれて小さくなります。狭い温度範囲(10℃程度)であれば、Bはわずかしか変化しないため、Beta公式であっても温度の不確かさは0.01℃程度でサーミスタの挙動が予測できます。しかしサーミスタが利用できる非常に広い温度範囲だと、RTデータはBeta公式では適切にモデル化されません。

だとすれば何か見落としているはずです。ここまでの式の導出を見直すと、散乱時間が温度に依存しないという假定がどうやら疑わしいようです。温度の上昇とともに伝導電子の速度が増し、さらに格子振動も目立つようになって、その結果、散乱時間τは短くなります。指数的なボルツマン因子によって活性化される伝導電子の密度が抵抗の温度依存性を支配していることに変わりはありませんが、それよりももっと弱い温度依存性を持つ散乱時間がおそらく、1/T対ln Rをプロットしたときに見られるわずかな非線形性の原因であると考えられます。

ではどうすればもっと正確にRTデータがモデル化できるのでしょうか。残念ながら、金属酸化物で出来たサーミスタの電気伝導に関する理論はいまだに不完全であり、式[11.9]に置き換わる改良された関係式を示してはくれません(それどころか、上に示した半導体エネルギーバンドモデルを認めない研究者もいます。一部の研究者によれば、このような金属酸化物における電気伝導は、電荷キャリアが或るイオンサイトから次のイオンサイトへ「跳び移る」ことによって生じるという考えかたを支持しています)。サーミスタに関する最近の論文は、理論的なこの空白を考慮したうえで、1/Tがln R多項式であると見なす標準的な曲線近似法を使って1/T対ln R曲線の非線形性を説明しています。すなわちサーミスタの逆温度特性は下のn次多項式として記述されます。

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こうしてみると、式[11.9]は第1次の項までで切り捨てた多項式であるといえます。それ以降の高次を残しておけば、この多項式はもっと広い温度範囲にわたって有効であるという結論が導かれます。

この考えを元に、温度範囲100℃(サーミスタが有効に利用できる温度範囲)であれば下の3次多項式で正確にモデル化できることがすでにわかっています。

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この関係式を使えば、元のRTデータと同じ精度(一般に0.005~0.01℃)で抵抗値から温度へ変換できます。

1968年、SteinhartとHartという2人の海洋学者が或る発見をしました。それは、-70℃~135℃の温度範囲で温度範囲200℃までをモデル化するのであれば、上の関係式の2次の項を無視しても確度はそれほど失われないという発見でした(2人が特に関心を持っていたのは、海洋学でよく使われる温度範囲である-2℃~+30℃でした)。これで式[11.11]は下のように変形されます。
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式[11.12]は「Steinhart―Hart方程式」と呼ばれ、サーミスタの較正に広く用いられています。抵抗の単位をΩとすると、一般的なサーミスタの定数ABDはそれぞれ10^-3、10^-4、10^-7のオーダーです。温度の単位はもちろん絶対温度でなければなりません。